読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みずいろのぶん

自分の中の情報や考えのアウトプットと文章力の向上を目的にブログを書いています。

肌の調子と運動

私の顔は所謂混合肌ってやつだ。Tゾーンはテカっとするがほっぺたなんかは乾燥しがち。

小さい頃はアトピー体質だったものだから今でも肌は強いとは言えない。むしろ肌質は弱いほうだ。

中学と高校の頃はニキビにが顔にいっぱいできて悩んだし、ニキビのせいで日焼け止めも塗ることが出来なかった。

日焼け止めが毛穴に詰まってニキビがより酷くなると皮膚科で言われてしまった、、、

私の周囲は卵肌のような友達ばかりで、どうしてニキビがないのかと羨ましく思っていた。

今思い返すとニキビの原因は肌の質もあっただろうがストレスを常に抱えていたことだと思う。

当時所属していた部活は上下関係が恐ろしく厳しくて毎日ついて行くので必死だった。

それ以上に同期の子たちと馴染み切れなかった。一緒に遊びに行ったりドラマの話をしたりと楽しそうではあったが、門限があってテレビのチャンネル権のない私にはついていけなかった。

中学の頃には携帯電話が普及し出していて、割と裕福な学校にいた私の友人たちはほとんど携帯電話を持っていた。

でも私の家の教育方針で携帯電話は持たなかった。

今であれば周りと違うことすら己の武器として人間関係を築くことが出来るが、当時は何でも周りと一緒でなければという強迫観念を持っていた。

だから常にストレスフルな状態で過ごしていた。肌ももちろんニキビだらけだった。

母には20になる頃には綺麗になるよと言われていたが信じることは出来なかった。まあ、いざ20歳になると本当に綺麗になったので母の言うことは正しかったわけだ。

こうして肌のことで常に悩みを持っていた私は大学に入って違う肌の悩みを抱えるようになる。

日焼けと乾燥だ。

日焼け止めを塗る習慣がなかったせいで、肌は焼けるに任せていた。そのため白いとは言い難い肌の色で着たい私服と顔の色が合わないことも多かった。

そして少しずつ肌が乾燥するようになっていた。色々と化粧水を試してみるが、面倒で好きにはなれなかった。乳液なんてベトベトするから嫌いだった。

それでも成人式の振袖のために少しずつ気をつけて過ごすようになって化粧水も乳液も嫌ではなくなってきた。

お気に入りの基礎化粧品ができたのも良かった。

成人式が終わった後は次の問題が出てきた。

ニキビというか吹き出物というか、、、あと毛穴の詰まり。

基礎化粧品でいくら整えても何となく肌質が良くない。化粧品を変えてもそこまで綺麗にならない。

ストレスを抱えたり、睡眠不足であったりするとその傾向は余計に酷くなった。

大人になって変わった肌トラブルを抱えながら過ごす中で家族が気がついた。運動をした日の肌はすごく調子が良さそうだよ、と。

意識して肌を見てみると確かに運動した日は艶もハリもあって綺麗だった。

どうやら私には高いパックやクリームよりも運動の方がずっと効き目があるようだ。

 

 

対等な人間であるということ

人間関係

以前詳しく書いたが、完璧な人間なんていないことに気がついてからは相手を許せるようになった。

そう気づいてからは色々なことに目を向けるようになった。というよりも余裕が出てきたのかもしれない。

例えば、私以外の人は私と対等な人間であるということ。もちろん先輩後輩や教師と生徒、親子など上下で線引きされる関係性は沢山ある。その上で私以外の人と私は対等な関係であると言いたい。

というよりも、同じ人間なんだよと言いたいのかもしれない。

このことを強く意識するのは年下の人に謝るときだ。私は中学・高校とかなり上下関係の厳しい部活に所属していた。そのため怒られてもきたし、後輩を怒ってきた。

今であれば注意する、指導することだけできたかもしれない。でも当時は怒るときに感情が爆発してしまうことがよくあった。

今でもそんな時がある。とにかく言いすぎてしまう。相手に伝わっているかどうかよりも、自分が気の済むまで言いたいことが言えるかどうかという内容になっている。

自分がやられたら嫌なのに、自分がやっていることに気づかなかったのは何故なのか今でもよく考える。

そのことについてやっと反省できるようになった。でも部活のときはそれが間違っているとも気がつかなかったし、間違ったことをしても謝ることはしなかった。

その理由は私がそうされてきたというのもあるし、それ以上に謝る必要なんてないと考えていた部分があったように思う。

後輩だから先輩の言うことは何でも聞かないといけない。だから私が間違っていようと些細なことだと捉えていた。

でも大学に入ってようやく謝るか否かの基準に相手の立場や年齢なんて関係ないことに気がついた。

完璧な人間なんていないんだから自分だって間違えるし、相手だって間違える。そう思ったときに相手も同じ人間なんだって改めて気がついた。

当たり前なことだけど私にとっては大きな気付きだった。

もちろんそれまで相手を人間以外に捉えたことはない。でも意識して同じ人間だと思ったこともなかった。

意識することで自分が間違ったことをしたときに謝罪するハードルは随分下がった。ミスを認めるのは恥ずかしくて今でも嫌だけど、謝ることができないのはもっと恥ずかしい。

母に対してが主ではあるけど、最近対等な人間として扱って欲しいという気持ちが自分の中で高まっている。

だから誰よりもまず自分が相手を対等な人間として認めて行動する。

今は意識してしか出来ないけれど、習慣にして自分の性格にまでしたい。

 

一番搾りが好きだ

お題「好きなビール」

 

ビールを好きになったのはここ1年くらいのことだ。

初めてビールを飲んだのは成人したての時で、父からもらったその一口はとても苦くて好きになれそうにもなかった。多分エビスビールだったかな。

それからしばらくして他大学のサークルの友達と飲みに行った。驚くべきことに、女子はほぼ全員カシスオレンジを頼んだ。

私もお酒なんて分からないからカシスオレンジを頼んだけれど異様な光景だ。初めて飲んだカシスオレンジは甘くてジュースのようだった。まあ美味しかったけどお酒を飲んでいる感じはしなかった。

結局そういった甘いお酒全般好きではないことが判明してもう一度ビールに口をつけてみた。すごく美味しかった。そのビールがキリンの一番搾りだった。

一番搾りの何が良いかって、その味が良い。苦くて喉越しが良くてアルコールを体内に入れている感じがする。酔い方も嫌なものではなくて、気分が少し高揚する程度。幸いなことにか私は顔色は変わらない方なので気にすることなくお酒を飲める。

一番搾りを飲めるようになってからエビスビールに再チャレンジした。父が好きなエビスはやっぱり私には苦くて大人の味だった。それでもどうしても父の飲むお酒が飲めないことが嫌でエビスビールに挑戦し続けた。結果サッポロのブランドの中なら私はエビスの琥珀なら好んで飲めることが判明した。

それでもやっぱりキリンの一番搾りの味が好き。

ちびちび飲むのが好きで、ぶっちゃけ常温でも多分美味しく飲める。本当のビール好きには眉を顰められそうな飲み方だけれど好きなものを好きなように飲む瞬間が好き。

ちなみに苦手なのはアサヒスーパードライサントリープレミアムモルツ

アサヒはごくごく勢いよく飲むのが一番美味しい飲み方だと思うけど、私はあまりそういう飲み方は好きではないので苦手な方。味は良いんだけど一番美味しい飲み方ができないのが嫌。

サントリープレミアムモルツはなんというかビールではないみたい。ビールの売り子をしていた時にお客さんが言っていた「上品な味」というのが一番しっくりくるかもしれない。

プレモルは騒ぎながら飲むよりも落ち着いて味わって飲みたい。

でも私は飲むときはみんなでワイワイ飲むからそういう意味でプレモルは苦手。美味しいものなのにその味に集中できないから。

成人を迎えて色々なお酒を飲むようになったけれど、私の飲みたい時の気分や飲み方に常に寄り添ってくれる一番搾りを超えるお酒はないかな。

ちなみに就職活動の際に上記4社で一番製品をくれたのはアサヒだった。そして全社落ちたがビールは今でも好きだ。

自業自得なこと

何か仕出かした結果、それが自分の首を絞めることになった、というのはよくあることだろう。

私の場合は逆で、何もしなかったから自分の首を絞めることになったという結果が多い。

4月から引っ越しをするが、その用意が全く間に合わない。金銭面もそうだし、物の準備もそうだ。

正直今日がもう2月19日だなんて信じられない。引っ越すことは分かっていたのだから、もっとマメに色々と買い足しておけばよかった。

日本国内の移動なのだから現地で買えばいいだけの話なのだが、その分高くなる。良いものを安く買おうと思うとそれなりの調査が必要になるので、急に物を揃えるとなると高くて良いものを買うことになる。

まあお金があれば解決する話なのだけど、そのお金すら怪しい状況になってきた。私が貯めてきたお金では全く足りない。気付いたのが今日だった。

だからと言って稼ごうとしても、稼ぐだけの日数がない。一体私は何を思ってまだ大丈夫、だなんて思っていたのだろうか。

凹んでしまう。

思わず頭が真っ白になって、そうなると余計に動けなくなる。

予想外のことに対応するのは得意だけど、予想していたのにそれを行動に移さなかった時のダメージを捌くことが、、、まだ出来ていない。

やらなければいけないことほど捗らない人は他にもいると思うが、その中でランキングを付けるとかなり上位にいるんではないだろうか。

物事が発展する未来を考えた時、当然やらなければならないことは出てくる。今までも今回の引っ越しのようにやらかしたことがあるので、それの対応策を講じたこともある。

to doリストを作ってそれを一つ一つ潰していったり、1日の予定を立ててみたりと色々な策を講じてきた。でも作って見返さなかったり、そもそも作れなかったこともある。

いつも自分の失敗を反省する時には、次の対応策が浮かぶ。でも今回は全く浮かばない。

正直手詰まりだ。精神的なダメージが大きすぎる。

一度寝てリフレッシュしようにも、心臓が脈打つのが早すぎて寝れそうにない。今日の朝2時に目が覚めて対応策を必死に考えたが結局使えない対応策だった。

使えなかったとしても対応策を考えることができたのは良かった。代わりに徹夜した時のような体のだるさに見舞われて、結局お昼まで寝てしまった。

私が持っている次の対応策を講じようとしても、明日の朝9時半にならないとできない。

今できる次の一手を考えよう。目の前にある課題を解決するにはそれしかない。

その上で、予想できる課題についての対応策を後回しにしてしまうことをどのように解決すれば良いのだろうか。

今回だったら引っ越しという明確な日が決まっているので、それに対して期限を区切ってto doリストを作成すれば良かったのかもしれない。

その上で前回の見返さなかったという反省を踏まえてto doリストとスケジュールを家族に共有しておけば良かった。そうすれば発破をかけてもらえたかもしれない。

仕事上のことであれば上司への報告と見せかけて、気にかけてもらえるような状況を作ることに応用できる可能性がある。

もちろんまだアルバイト以外で働いたことがないので、スケジュール管理等は自己責任と言われてしまうこともあるだろう。

ただ、自分の悪癖を改善する手段の一つとしてブログに書いておく。

あとは自分自身の意識を変える、自分の時間を奪っているものから遠ざかるなどの対応を考えてみよう。

もう少し明るいテンションで記事を書きたい。

5年前のこと

ブログチャレンジに5年前のことについて書く、というのがあったので挑戦してみる。

5年前は高校生で多感な時期でした。

体育会系の部活に所属していたので毎日練習していたもののちっとも上手くならなかった。チームも練習量は多いのに勝てなかった。

現役時代、公式戦で勝てたのは一回だけ。毎回悔しいというより惨めだった。でも練習することは好きだった。勉強は中の下くらいだったかな。

今思い返すとあの頃に周りは将来について真剣に考えていたんだと思う。曲がりなりにも進学校だったからみんな良い大学を目指していた。結果を見ると真剣に将来を語っていた子の方が夢を叶えている気がする。

その理由は真剣たから、ということももちろんあるのだろうけど、それ以上にその夢を叶えるためのステップを明確に意識していたからだと思う。

私も短期留学をしようとした時、それにかかる費用から日程、語学勉強などかなり細かく考えて準備していた。今思い出しても真剣だった。

私が叶えたのは小さな夢だったけれど、あの時の真剣さは私の中で一つの指針になっている。いつもは反対の意を示す母親も口を挟むことができないくらい自分で準備をしていた。短期留学に行きたい理由も情熱がこもりながら論理立てて説明することができた。

もちろん拙い部分もあったんだろうけど、結果的にその思いは母親に伝わった。

それ以来大きな決断をするときには、あの時の情熱があるかどうかはかなりの基準になっている。

高校生の時周りの子達はあの時の私のような情熱や行動力を持っていたんだと思う。私も高校生のときにその気持ちがあればと思うけれど、そこに至るにはまだまだ未熟だった。

親の言うことを聞いて行動できるほど私は素直ではなかった。だからと言って強い意志があって行動するほどでもなかった。中途半端に反抗するものだからよく親とは衝突していたな。高校生の時なんてその傾向がひどかった。

5年前の高校生の時分、親は完璧人間だと考えていた。自分が20歳を超えて初めてそれが間違いだと気がついた。親だって先生だって人間だから間違うことがある。自分が世間一般から見ても大人入りとされる20歳を超えて、社会人を目前とした今は完璧なんてないことを実感する。

高校生の時、そのことが少しで分かっていればもっと楽だったろうになと思う。でも認めたくないんだろうな。大学生になってかなりの葛藤を経てからようやく気付けたこと。

相手が間違うことがあると知って初めて相手を許せるようになった気がする。

過去のことを考えるとどうしてもタラレバになってしまう分、これからの自分は気づいたことを大切に同じ轍は二度踏まないの精神で頑張ろう。

朝から活発

1月からずっと忙しかったから2週間くらい思い切って休みにしてみた。それで1週間ぐうたらと過ごしてさあこれから!と思った時に風邪を引いてしまった。

一昨々日くらいから喉の違和感があって銀翹散飲んだけど手遅れだった。

多分喉に違和感を感じたその日の晩に飲まないといけないんだろうな。次の日には立派な風邪になってたんだろう。

昨日は花粉症の薬をもらいながら風邪の診察をしてもらいに耳鼻科に行った。

小さい時からお世話になっている先生でいつも私の名前を間違えて呼ぶ。もはや第二の名前として認識してしまったよ。幸い薬がよく効いているようで大分症状は楽になった。先生ありがとう。

今日はずーっとぐうたらしてたツケを払うかのように朝から掃除機かけたりレシートの整理をしたりしてた。

ぶっちゃけエアコンのせいで喉がやられたのではと思っていたからエアコンもしっかり掃除機をかけておいた。

そこから何度も昼寝をはさみながら片付けをしてレシートの仕分けをして家計簿をつける段まで持ってくることができた。

家計簿は前ファイナンシャルアカデミーに行った時に書く習慣を身につけるようにと言われていたのに随分放置してしまった。

紙で書こうと思ったけど面倒なのでGoogleDriveのスプレッドシートに家計簿を作ってみた。支出を10個くらいに分けてざっと金額を計算する。

放置してた分、アマゾンで買った商品がいくらかが結構曖昧になってしまったけどまあセーフかな。

仕分けをしてみると結構いろんなことが見えてくる。

例えば自分への投資だ、と思って買った本を一ヶ月経った今でも読んでいなくて勿体無いことをしていたりと、自分のプラスになるはずの購入が結局金銭面でのマイナスしか私にもたらしていない。

片づけコンサルタントのこんまりさんで曰く、そういう本は私にとって今は必要ないと教えてくるために私の元に来たということになる。

なんというポジティブシンキング。今回はそういうことにして次回からはもう少し考えて購入しよう。

大体一ヶ月分を振り返ってみると、自分のお金の使い方はあまり目的がないということに気がついた。

自分のメンタルの不調が消費につながっているだけで、安定している時期は支出は少ない。

私のお金の使い方とメンタルは直結しているという仮説が1月のお金の使い方から見えてきた。

家計簿をつけることもレシートを貰うことも好きではないけど、小さな面倒を乗り越えることで自分が少し分かったのでプラマイプラスな結果だ。

 

「朝から活発」っていうタイトルつけたけど、書き終えてみると大して活発じゃなかったな。

不安に押しつぶされる遊び

今週のお題「何して遊んだ?」

 

小学校の頃によくしていた遊びはケイドロだった。

ケイドロといえば泥棒チームと警察チームに分かれて泥棒が逃げ切るか警察が捕まえるかという単純な遊びだ。今はもう覚えていないけど、参加者全員が片足を出して歌うようにチームを分けていたことを覚えている。

小学生の時の私は特に足が速いわけではない至って普通の子供だった。だから遊びの中でヒーローになることはできないけれど、弱すぎて楽しめないというわけでもなかった。

ただそんな私でもこのゲームの際にはいつも不安を抱えていた。もしかしたら私を一人残して次のゲームが始まってしまうのではないか。そんなことを考えながらゲームに参加して、こらえきれずに自分から相手領地を見に行くような子供だった。

今思えば、そこをぐっとこらえて我慢すればケイドロの神になれたかもしれない。でもその時の私はいつも一人残されることの不安からできなかった。

しかし私が一人置いて行かれるような経験はそのゲームにおいてしたことがない。その他のゲームにおいてもない。

なのに不思議と常に不安を感じていた。

その不安感は遊んでいる時だけじゃなくて、例えば普段の友達との会話でも感じていた。

私にとって親友と思える子にとって私は親友ではなかった。「ずっとも」とか「ニコイチ」とか親友を表す言葉が多くあって、私の周りではそういう関係に見える人が多くいた。

でも私にとってのニコイチもずっともも親友もいなかった。周りから見ると私の人間関係の築き方は浅く広くだったそうだ。そしてそれが羨ましいと。

でも私は深い関係の人が欲しかった。親友が欲しかった。

中学生になっても私の人付き合いの仕方はあまり変わらなかったように思う。途中まで親友になり得そうな人はいたのだけれど、周りからその関係についておかしいと言われて意識してしまって私から離れてしまった。

ギャル系の子とも、部活命の子とも、控えめな子とも仲良くできた。

今はだいぶ落ち着いていて、親友って言葉にしなくても思える相手ができて、その相手も私のことを親友と思ってくれている。

でも高校の頃は、その子が他に親友がいることを受け入れられない部分があった。私にはそんな相手他にはいないのに、と。

でも大学に入ってだんだんと受け入れられるようになった。ある意味視野が広がったのかもしれない。

例え長い間連絡が取れなくても、次会った時にブランクなんてないかのように会話ができる相手が一人でもいることに感謝できるようになった。

大学に入ってから、ケイドロの時の不安を忘れずに向き合うようになったからそう思えるようになったのかな。

前にもし違う大学に行っていたらという記事を書いたけれども、学歴は良くなったとしても今の自分には出会えなかったと思う。

これからも不安を押しやらずに、時間がかかってもいいから向き合っていきたい。