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みずいろのぶん

自分の中の情報や考えのアウトプットと文章力の向上を目的にブログを書いています。

5年前のこと

ブログチャレンジに5年前のことについて書く、というのがあったので挑戦してみる。

5年前は高校生で多感な時期でした。

体育会系の部活に所属していたので毎日練習していたもののちっとも上手くならなかった。チームも練習量は多いのに勝てなかった。

現役時代、公式戦で勝てたのは一回だけ。毎回悔しいというより惨めだった。でも練習することは好きだった。勉強は中の下くらいだったかな。

今思い返すとあの頃に周りは将来について真剣に考えていたんだと思う。曲がりなりにも進学校だったからみんな良い大学を目指していた。結果を見ると真剣に将来を語っていた子の方が夢を叶えている気がする。

その理由は真剣たから、ということももちろんあるのだろうけど、それ以上にその夢を叶えるためのステップを明確に意識していたからだと思う。

私も短期留学をしようとした時、それにかかる費用から日程、語学勉強などかなり細かく考えて準備していた。今思い出しても真剣だった。

私が叶えたのは小さな夢だったけれど、あの時の真剣さは私の中で一つの指針になっている。いつもは反対の意を示す母親も口を挟むことができないくらい自分で準備をしていた。短期留学に行きたい理由も情熱がこもりながら論理立てて説明することができた。

もちろん拙い部分もあったんだろうけど、結果的にその思いは母親に伝わった。

それ以来大きな決断をするときには、あの時の情熱があるかどうかはかなりの基準になっている。

高校生の時周りの子達はあの時の私のような情熱や行動力を持っていたんだと思う。私も高校生のときにその気持ちがあればと思うけれど、そこに至るにはまだまだ未熟だった。

親の言うことを聞いて行動できるほど私は素直ではなかった。だからと言って強い意志があって行動するほどでもなかった。中途半端に反抗するものだからよく親とは衝突していたな。高校生の時なんてその傾向がひどかった。

5年前の高校生の時分、親は完璧人間だと考えていた。自分が20歳を超えて初めてそれが間違いだと気がついた。親だって先生だって人間だから間違うことがある。自分が世間一般から見ても大人入りとされる20歳を超えて、社会人を目前とした今は完璧なんてないことを実感する。

高校生の時、そのことが少しで分かっていればもっと楽だったろうになと思う。でも認めたくないんだろうな。大学生になってかなりの葛藤を経てからようやく気付けたこと。

相手が間違うことがあると知って初めて相手を許せるようになった気がする。

過去のことを考えるとどうしてもタラレバになってしまう分、これからの自分は気づいたことを大切に同じ轍は二度踏まないの精神で頑張ろう。