みずいろのぶん

自分の中の情報や考えのアウトプットと文章力の向上を目的にブログを書いています。

自業自得なこと

何か仕出かした結果、それが自分の首を絞めることになった、というのはよくあることだろう。

私の場合は逆で、何もしなかったから自分の首を絞めることになったという結果が多い。

4月から引っ越しをするが、その用意が全く間に合わない。金銭面もそうだし、物の準備もそうだ。

正直今日がもう2月19日だなんて信じられない。引っ越すことは分かっていたのだから、もっとマメに色々と買い足しておけばよかった。

日本国内の移動なのだから現地で買えばいいだけの話なのだが、その分高くなる。良いものを安く買おうと思うとそれなりの調査が必要になるので、急に物を揃えるとなると高くて良いものを買うことになる。

まあお金があれば解決する話なのだけど、そのお金すら怪しい状況になってきた。私が貯めてきたお金では全く足りない。気付いたのが今日だった。

だからと言って稼ごうとしても、稼ぐだけの日数がない。一体私は何を思ってまだ大丈夫、だなんて思っていたのだろうか。

凹んでしまう。

思わず頭が真っ白になって、そうなると余計に動けなくなる。

予想外のことに対応するのは得意だけど、予想していたのにそれを行動に移さなかった時のダメージを捌くことが、、、まだ出来ていない。

やらなければいけないことほど捗らない人は他にもいると思うが、その中でランキングを付けるとかなり上位にいるんではないだろうか。

物事が発展する未来を考えた時、当然やらなければならないことは出てくる。今までも今回の引っ越しのようにやらかしたことがあるので、それの対応策を講じたこともある。

to doリストを作ってそれを一つ一つ潰していったり、1日の予定を立ててみたりと色々な策を講じてきた。でも作って見返さなかったり、そもそも作れなかったこともある。

いつも自分の失敗を反省する時には、次の対応策が浮かぶ。でも今回は全く浮かばない。

正直手詰まりだ。精神的なダメージが大きすぎる。

一度寝てリフレッシュしようにも、心臓が脈打つのが早すぎて寝れそうにない。今日の朝2時に目が覚めて対応策を必死に考えたが結局使えない対応策だった。

使えなかったとしても対応策を考えることができたのは良かった。代わりに徹夜した時のような体のだるさに見舞われて、結局お昼まで寝てしまった。

私が持っている次の対応策を講じようとしても、明日の朝9時半にならないとできない。

今できる次の一手を考えよう。目の前にある課題を解決するにはそれしかない。

その上で、予想できる課題についての対応策を後回しにしてしまうことをどのように解決すれば良いのだろうか。

今回だったら引っ越しという明確な日が決まっているので、それに対して期限を区切ってto doリストを作成すれば良かったのかもしれない。

その上で前回の見返さなかったという反省を踏まえてto doリストとスケジュールを家族に共有しておけば良かった。そうすれば発破をかけてもらえたかもしれない。

仕事上のことであれば上司への報告と見せかけて、気にかけてもらえるような状況を作ることに応用できる可能性がある。

もちろんまだアルバイト以外で働いたことがないので、スケジュール管理等は自己責任と言われてしまうこともあるだろう。

ただ、自分の悪癖を改善する手段の一つとしてブログに書いておく。

あとは自分自身の意識を変える、自分の時間を奪っているものから遠ざかるなどの対応を考えてみよう。

もう少し明るいテンションで記事を書きたい。

5年前のこと

ブログチャレンジに5年前のことについて書く、というのがあったので挑戦してみる。

5年前は高校生で多感な時期でした。

体育会系の部活に所属していたので毎日練習していたもののちっとも上手くならなかった。チームも練習量は多いのに勝てなかった。

現役時代、公式戦で勝てたのは一回だけ。毎回悔しいというより惨めだった。でも練習することは好きだった。勉強は中の下くらいだったかな。

今思い返すとあの頃に周りは将来について真剣に考えていたんだと思う。曲がりなりにも進学校だったからみんな良い大学を目指していた。結果を見ると真剣に将来を語っていた子の方が夢を叶えている気がする。

その理由は真剣たから、ということももちろんあるのだろうけど、それ以上にその夢を叶えるためのステップを明確に意識していたからだと思う。

私も短期留学をしようとした時、それにかかる費用から日程、語学勉強などかなり細かく考えて準備していた。今思い出しても真剣だった。

私が叶えたのは小さな夢だったけれど、あの時の真剣さは私の中で一つの指針になっている。いつもは反対の意を示す母親も口を挟むことができないくらい自分で準備をしていた。短期留学に行きたい理由も情熱がこもりながら論理立てて説明することができた。

もちろん拙い部分もあったんだろうけど、結果的にその思いは母親に伝わった。

それ以来大きな決断をするときには、あの時の情熱があるかどうかはかなりの基準になっている。

高校生の時周りの子達はあの時の私のような情熱や行動力を持っていたんだと思う。私も高校生のときにその気持ちがあればと思うけれど、そこに至るにはまだまだ未熟だった。

親の言うことを聞いて行動できるほど私は素直ではなかった。だからと言って強い意志があって行動するほどでもなかった。中途半端に反抗するものだからよく親とは衝突していたな。高校生の時なんてその傾向がひどかった。

5年前の高校生の時分、親は完璧人間だと考えていた。自分が20歳を超えて初めてそれが間違いだと気がついた。親だって先生だって人間だから間違うことがある。自分が世間一般から見ても大人入りとされる20歳を超えて、社会人を目前とした今は完璧なんてないことを実感する。

高校生の時、そのことが少しで分かっていればもっと楽だったろうになと思う。でも認めたくないんだろうな。大学生になってかなりの葛藤を経てからようやく気付けたこと。

相手が間違うことがあると知って初めて相手を許せるようになった気がする。

過去のことを考えるとどうしてもタラレバになってしまう分、これからの自分は気づいたことを大切に同じ轍は二度踏まないの精神で頑張ろう。

朝から活発

1月からずっと忙しかったから2週間くらい思い切って休みにしてみた。それで1週間ぐうたらと過ごしてさあこれから!と思った時に風邪を引いてしまった。

一昨々日くらいから喉の違和感があって銀翹散飲んだけど手遅れだった。

多分喉に違和感を感じたその日の晩に飲まないといけないんだろうな。次の日には立派な風邪になってたんだろう。

昨日は花粉症の薬をもらいながら風邪の診察をしてもらいに耳鼻科に行った。

小さい時からお世話になっている先生でいつも私の名前を間違えて呼ぶ。もはや第二の名前として認識してしまったよ。幸い薬がよく効いているようで大分症状は楽になった。先生ありがとう。

今日はずーっとぐうたらしてたツケを払うかのように朝から掃除機かけたりレシートの整理をしたりしてた。

ぶっちゃけエアコンのせいで喉がやられたのではと思っていたからエアコンもしっかり掃除機をかけておいた。

そこから何度も昼寝をはさみながら片付けをしてレシートの仕分けをして家計簿をつける段まで持ってくることができた。

家計簿は前ファイナンシャルアカデミーに行った時に書く習慣を身につけるようにと言われていたのに随分放置してしまった。

紙で書こうと思ったけど面倒なのでGoogleDriveのスプレッドシートに家計簿を作ってみた。支出を10個くらいに分けてざっと金額を計算する。

放置してた分、アマゾンで買った商品がいくらかが結構曖昧になってしまったけどまあセーフかな。

仕分けをしてみると結構いろんなことが見えてくる。

例えば自分への投資だ、と思って買った本を一ヶ月経った今でも読んでいなくて勿体無いことをしていたりと、自分のプラスになるはずの購入が結局金銭面でのマイナスしか私にもたらしていない。

片づけコンサルタントのこんまりさんで曰く、そういう本は私にとって今は必要ないと教えてくるために私の元に来たということになる。

なんというポジティブシンキング。今回はそういうことにして次回からはもう少し考えて購入しよう。

大体一ヶ月分を振り返ってみると、自分のお金の使い方はあまり目的がないということに気がついた。

自分のメンタルの不調が消費につながっているだけで、安定している時期は支出は少ない。

私のお金の使い方とメンタルは直結しているという仮説が1月のお金の使い方から見えてきた。

家計簿をつけることもレシートを貰うことも好きではないけど、小さな面倒を乗り越えることで自分が少し分かったのでプラマイプラスな結果だ。

 

「朝から活発」っていうタイトルつけたけど、書き終えてみると大して活発じゃなかったな。

不安に押しつぶされる遊び

今週のお題「何して遊んだ?」

 

小学校の頃によくしていた遊びはケイドロだった。

ケイドロといえば泥棒チームと警察チームに分かれて泥棒が逃げ切るか警察が捕まえるかという単純な遊びだ。今はもう覚えていないけど、参加者全員が片足を出して歌うようにチームを分けていたことを覚えている。

小学生の時の私は特に足が速いわけではない至って普通の子供だった。だから遊びの中でヒーローになることはできないけれど、弱すぎて楽しめないというわけでもなかった。

ただそんな私でもこのゲームの際にはいつも不安を抱えていた。もしかしたら私を一人残して次のゲームが始まってしまうのではないか。そんなことを考えながらゲームに参加して、こらえきれずに自分から相手領地を見に行くような子供だった。

今思えば、そこをぐっとこらえて我慢すればケイドロの神になれたかもしれない。でもその時の私はいつも一人残されることの不安からできなかった。

しかし私が一人置いて行かれるような経験はそのゲームにおいてしたことがない。その他のゲームにおいてもない。

なのに不思議と常に不安を感じていた。

その不安感は遊んでいる時だけじゃなくて、例えば普段の友達との会話でも感じていた。

私にとって親友と思える子にとって私は親友ではなかった。「ずっとも」とか「ニコイチ」とか親友を表す言葉が多くあって、私の周りではそういう関係に見える人が多くいた。

でも私にとってのニコイチもずっともも親友もいなかった。周りから見ると私の人間関係の築き方は浅く広くだったそうだ。そしてそれが羨ましいと。

でも私は深い関係の人が欲しかった。親友が欲しかった。

中学生になっても私の人付き合いの仕方はあまり変わらなかったように思う。途中まで親友になり得そうな人はいたのだけれど、周りからその関係についておかしいと言われて意識してしまって私から離れてしまった。

ギャル系の子とも、部活命の子とも、控えめな子とも仲良くできた。

今はだいぶ落ち着いていて、親友って言葉にしなくても思える相手ができて、その相手も私のことを親友と思ってくれている。

でも高校の頃は、その子が他に親友がいることを受け入れられない部分があった。私にはそんな相手他にはいないのに、と。

でも大学に入ってだんだんと受け入れられるようになった。ある意味視野が広がったのかもしれない。

例え長い間連絡が取れなくても、次会った時にブランクなんてないかのように会話ができる相手が一人でもいることに感謝できるようになった。

大学に入ってから、ケイドロの時の不安を忘れずに向き合うようになったからそう思えるようになったのかな。

前にもし違う大学に行っていたらという記事を書いたけれども、学歴は良くなったとしても今の自分には出会えなかったと思う。

これからも不安を押しやらずに、時間がかかってもいいから向き合っていきたい。

 

母親との関係 〜意見の尊重について〜

昨日喉が痛くて夜漢方薬を買いに行った。その時母親も一緒に行ったのだけれどやっぱり言われた「買っても意味ないって」。

なぜ否定するのか。一度試したことがあって効かなかった、なんて理由があればまだ分かる。でも本人は試したことがないそうだ。

解釈を変えて他の薬を試した時や私の薬履歴からそういった発言になったとしよう。

だとしてもなぜ端から否定するのか。

この話の結末としては、私が自腹で薬を買った後にどうして私が今になって漢方薬を試しているのかについて理由を説明した。

つまり件の発言から大体20分ほど時間を置いた後に話をしたというわけだ。その時の反応としては薄いというか、私の意見を聞き入れたというよりもそういう考えね、へーみたいな感じたった。

正直イラっとした。

私の沸点が低いだけかもしれない。

でも薬を買うという私の決断を寸部の隙もなく否定したことに私は今でも釈然としない気持ちを抱えている。

割といつでもこうなのだ。私が自分の意見や聞いてきたことをを母親に述べると必ずと言っていいほど否定をされる。

学校で英語の単語帳はこれがいいって言ってたよなんて言うとまずその意見を木っ端微塵に否定してから、まあそれでも貴方が良いというならばなんて上から目線で言ってくる。

ただ今回のように時間をおいてゆっくりと自分の意見を伝えると否定をしなくなる。

そういう場合は大抵「私がこういうことをするのはね、こういう理由からなの」なんて言葉から始まる。

でもそれだって否定はされないけど肯定はされない。

そもそも自分の考えを親に言う必要なんてないのかもしれない。でも聞いてくるんだもの。聞いてくるから正直に答えたら否定される。

もし私がかなりの負けず嫌いでそんな意見に耳を傾けずにいれる子供だったら問題はなかったんだろう。

でも私はそうではなかった。

最初はなぜ否定されるのかも分からないし、親が言うことだから間違いはないんだろうと思っていた。でもいつしか親は間違うことがあることに気がついた。この世の中に完璧な人間なんていないことに気がつけたのは高校から大学にかけてかな。

大好きな母親にどんな小さいことであれ否定されれば萎縮してしまう。もちろんそれが社会から逸脱するような事柄だったら端から否定するのも一つの手だと思う。

でも私はどうしてそう思うの、と聞いて欲しかった。どうしてその薬がいいと思うの?どうしてその学校に行きたいの?と。

その上で否定なり何なり言って欲しかった。最初からそんなん意味ないなんて言われると意見なんて言えなくなる。中途半端なタイミングで自分の意見を言うものだから中学あたりから母親と衝突することが増えた。

今は時間をおいて後から理由を伝えることで、同じ話題について後から「私のいうことを聞かないからよ」なんて言われることは少なくなった。今でさえ大学受験のことで同じセリフを言われる。

こういった関係になってしまったのは恐らく私にも責任がある。

もっと早くに、最初に否定するんじゃなくて先に理由を聞いてよと伝えることができれば良かった。

今は母親の対策マニュアルに沿うような形での会話になってしまっていると感じることが少なくない。

その関係は端から見れば仲の良い母と娘の関係に見えるかもしれない。でも私はどこか息苦しさを感じてる。

後から理由を伝えるという方法で少しは関係は変わったと思う。だからもう一歩踏み出して次の関係性を築きたい。嫌なところも沢山あるけれど、それでもあの人は私の母親だから。

喉が痛い

お題「今日の出来事」

以下の内容については私の経験則や、裏付けのない情報をもとにただの日記として書いています。

風邪の対策として参考にはしないでください。

 

昨日の夕方頃から喉が痛くて、キンカンを食べたり葛根湯を飲んだりしてみたが今朝になっても治らなかった。

正直葛根湯を飲むときに寒気はしないから効かないんだろうなと思ったが、悪化はしていないが治りもしていない現状に少し悲しくなった。

病院に行って薬をもらうほどでもないし、風邪を引いたときは常に葛根湯で対処してきたので喉の痛みに効く漢方薬を探してみることにした。

麻黄湯や桔梗湯など喉の痛みに効く漢方薬は幾つかありそうだが、その中でも自分の状態に一番合いそうなのは銀翹散のようだ。

風邪かなと思った時に葛根湯を試すとよく効いたので、銀翹散も良く効くといいな。

とりあえず今日は一日中体を休めることに終始していたので買いに行こうと思う。

 

残念なことに体調を崩しかけの時の対処法は母と意見が合わない。

母は最初からルルなどの風邪薬を飲みなさいというが、正直効かない。むしろ飲んだ時の方が風邪が悪化する。

なので勝手に葛根湯を買ってきて飲むわけだがあまりいい顔はされなかった。予想はしていたので2回目以降は隠れて飲むようになった。

母は葛根湯が嫌いというわけではなく、むしろ風邪を引いたときには飲んでいることもある。

なぜ私が自分の判断で飲もうとしたら小言を言われるのか。

理由は明確にわからないが、2点考えられる。

1点目は常備薬として葛根湯を置いていないから。

2点目は私の風邪の引き方が変わってきていることに母が付いてきていないから。

1点目に関してはずっとそうだと思っていたが粉薬タイプの葛根湯をこの間見つけたので理由としては当てはまらないだろう。ただし私は粉薬が大の苦手なので進めなかったということも考えられる。

2点目に関してはあり得る話だと思う。私が小さい時は高熱で倒れる、鼻水がズルズルになる、咳が酷くなる、といった風邪全盛期の症状が出るまで気付かず遊ぶタイプの子供だった。

なので寒気がする、喉が痛いなどの風邪の初期症状は自分としてもあまり気にかけず、母親に報告することもあまりなかった。

なので風邪全盛期の症状が出た時には市販の風邪薬を飲むことで問題なく対処出来ていた。

しかし大学生になる頃から徐々に風邪のひき始めの症状を自覚するようになった。おそらく授業の出席やアルバイトなど、自己責任で行うことが増えてきたために風邪を引いたからといって気軽に休めなくことが要因で気づけるようになったのだと思う。

そうした時にいざ母に相談したとしても、長年の経験則から子どもの風邪の対策は決まっているので、私が葛根湯を飲むことに対してあまりいい顔はしなかったのではないだろうか。

正直私の判断を尊重してくれないことに腹が立つことがあるが、こうして理由を考えてみると少しは許せるというか理解できるような気がする。

私がブログを書く理由

私がブログを始めようと思ったのは、ブログが私にとっての資産となって将来的にはお金になるといいなという邪な思いからだった。

ただいざ始めてみるとブログを作ることも面倒だし、文章はうまく書けないしと記事をアップする前から心が折れかけてた。

そこでこのブログでは以下のことを目的として書くことにした。

  • 自分の中の情報や考えのアウトプット
  • 文章力の向上

この2点が主たる目的とすると最初に漠然と考えていたブログでお金を稼ぎたいというのは優先順位が低くなる。

ブログでお金を稼いでいる人の記事を読むと、ある程度の文章力や記事数、継続期間が無ければブログでお金を稼ぐというのは難しいようなので上記のことを意識して続けることを目標に頑張れば稼ぐということに繋がるのではないかな。

とはいうものの今でもGoogleアドセンスのやり方を調べたりはしている。

あともう一つ軽く意識しているのはブログタイトルにもあるように「水色の文」を書くこと。

私は志賀直哉の「小僧の神様」という話を国語の教科書で読んで以来ずっと好きなのだけど、その話を読んだ時のイメージが水色だった。かなり主観的なことではあるけれど、話の中の情景が頭の中に浮かんだ時に原色ではなくて薄い水色のイメージがしたことを今でも覚えている。

いつか自分が文章を書く時には読み手が優しい水色をイメージできるような文章を生み出したいなという思いも込めてブログタイトルを「みずいろのぶん」とした。

幾つか記事を書いたが今の所は一つも達成できていないどころかどれも原色なイメージを抱かせるようなものばかりでまだまだ達成できそうにない。

 今意識していることは正直終わりが見えないものではあるけれど、だからこそブログを継続するモチベーションになっているのではと思っている。

有名な言葉で「継続は力なり」というのがあるけれど、私は「継続は力なりだから頑張ってね」と他人に言えるような継続した経験を持っていない。むしろ「継続は力なりだよ」とアドバイスをもらうことばかりである。

だからこのブログを通して「継続は力なり」ということを実感出来る経験ができるといいな。継続は力なりをのパワーを味わいたい今日この頃です。

あとは一回の記事の文字数は1000文字を超えるよう意識してます。ブログの目的は上記の2点ではあるけど将来的にはお金を稼いでみたいと思うので、Googleアドセンスの審査に通る目安の1000文字を意識して書いている。

ただ残念なことにその分、膨らまし粉で膨らませすぎだようなぼやっとした文章になっている。

ブログを少し続けるだけで今言ったような自分にとっての課題が見えてくるのでそれを改善しつつ目的を達成したい。